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[237] 胡蝶の夢 - the Dream of Life

胡蝶の夢 - the Dream of Life by Mori@管理人 (9 KB)
不知是莊周做夢成蝴蝶 還是蝴蝶做夢成莊周 - 莊子
(私が夢見て蝶となっているのか、あるいは私となった夢を蝶が見ているのだろうか?)*****************************サイトの更新:「月の魂」を公開しました。
展示にあたって、人物の表情をこちらに。
大分印象が違うと思いますから。上記の文はよく知られていますね。ダオイズムに関して教わった時に、教授が中国人の方だったので、実際にいくつか文章を読み上げてくれたのですが。そのときの発音の高低のかかり方が異様に印象に残っていました。でもこれ、どこかで先に知っていたような?と首を捻っていた時、ああ、司馬遼太郎著 『胡蝶の夢』がきっかけで先に聞くだけは聞いていたんだと、はたと気が付いたということがあります。最近気になった事でも書いてみましょうか。アナウンサーや朗読者の声などを聞き流していると、かなり発音や読みが以前と変わってきている気がします。今に始まった事ではないのですけれど。ちょっと変?と思う事も増えました。数例をあげますと、詩人・北原白秋は水郷柳河を故郷としていますが、水郷って「すいごう」と読みますよね。ところが、TV画面上で「すいきょう」と読んでいる。あと、入水は「じゅすい」あるいは「にゅうすい」ですが、状況によっては先の読みのほうが合う場合でも「にゅうすい」にとか、静脈は一般的には「じょうみゃく」ですが「せいみゃく」と読んだのもいるし、今はそちらに読みが統合されたのか、それとも?と考え込みます。結構辞書にも見出し語として両方を参照としているケースも多いし・・・うーん。発音面では、「クラブ」などは末尾の高低が10年程前と現在とは逆になっているようですし。(現在は上がり気味で終えるのが一般的)これ、街の女子高生だけではなく、世代入れ替わりもあってアナウンサーもそうなってきているんですね。まあ、時代にあわなくなった読みや発音をしている場合、古い定説は振り落とされていくのは仕方がないか、というのはあります。意味だって変わっていってしまいますしね。ただし聞いてるほうにしてみれば、場合によっては発音や読みの参考にする気でいるわけですから。時流からみても合っている読みや発音が、参考にしたら間違った、なんてことになればキャー!じゃないですか。

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