[240] 一角獣・多角獣 - E Pluribus Unicorn Mori@管理人 2006/01/15 (Sun) 15:42 アムドゥシアス。地獄の偉大にして強力な”一角”公爵。ソロモン王に封じられた72柱のデーモンの一柱。召喚の際に初めはユニコーン、次に人間の姿で現れる。いかなる場所でも甘い音楽を奏でる力を持つとされ、18世紀のバイオリン演奏家ジョゼッペ・タルティーニに「悪魔のトリル」作曲の霊感を与えたのは彼と言われている。************************************風邪がようやっと治ってきましたので、日記にスケッチをあげてみます。一部の方にご心配おかけしたようですみません。クリスマスイラストにメッセージを下さった方、ありがとうございます。一言メッセージも大変嬉しく読んでいます。 風邪が少しずつ治ってきたところで、見たかったDVDを見たり、「功名が辻」や「けものみち」「出雲の阿国」に大喜びしたり。調子が悪いと、見ていても十分に見ている気がしないので、調子が良くなるまで待ってから見ていたのでえらく時間がかかりました。一度に見たらまた疲れますしね。「一角獣・多角獣」(スタージョン著)を読んでユニコーン(一角獣)でなにか描きたくなり、こんなん出ましたけど〜という感じで。美しいイメージの一角獣をおじさんにするのは反則でしょうか。アムドゥシアスとして一角獣を描くなら、公爵だし威厳があったほうがいいとか言い訳しつつ、当方が一角獣を描くとこんな感じですよということで。「一角獣・多角獣」ですが、けっこう長い事読んでみたかったのですが、最近まで全然再版されなかった短編集です。そのうち、一角獣を冠したのは「一角獣の泉」(しかも原題は違います)という一編で、イメージをそそられる美しい作品ですが、個人的に「死ね、名演奏家、死ね!」というのがひどくっていいですね。本当にひどい話だけど。「考え方」もなまじのホラーより怖い。スタージョンというと「人間以上」が始めて読んだ作品でしたが、最近色々出てるので、特に短編ファンの人にはほくほくものでしょうね。 ものを見るときに、別の角度でみるのは結構大事な事だと思っています。といっても、そうすることで確実に自身から失われるものがあると思う人には、それを強制したいとはおもいませんが。例えば、多くの人がクリスマスがキリストの誕生を祝う祭りだと考えたり、小野小町は化野(あだしの)で野垂れ死にと聞き、それは諸行無常と感じるに違和感がない。が、「何故そのときなのか」「なぜそういった経過を辿ったことをあえてかたるのか」を考え始めれば、そこに作為を読み解くことが可能になる。クリスマスは実際には太陽神崇拝などキリスト教以前の宗教に由来するものであり、それをキリストの誕生日とすることで異教徒を取り込もうとした経過としてみる事が出来る。小野小町が「化野で野垂れ死に」とされなければならないのは、仏教説話として小町の逸話が取り込まれたためであり、実際の小野小町の人生を少しでも知りたいなら、そこから一歩出なければならない。しかし、所詮逸話だ、というならそれまでの話しですし、まさかそんなことにこだわるなんて、という人がほとんどのなか、もしその考え方をあえてとる人物がいたならば?「考え方」というのはそういうポイントをついた話。「まさかこんな考えをする人がいるはずがない」と考える事こそが、実際には異常な考えであるということに、ほとんどの人は気がつく事はないのだとおもいますね。実際、気がつく事で苦痛を伴うケースも少なくないでしょうから、意図的にそうしたいと思う時も出てくるのではないかしら。 あ、ネコ好きには「ふわふわちゃん」がおすすめです。あまりにも性悪ネコな話で、悲鳴をあげつつも笑っちゃうというか。あと「孤独の円盤」は特に美しい話です。 Tweet Share △
[239] joyeux noel ! Mori@管理人 2005/12/24 (Sat) 01:39 今回事前にいっていた通り、クリスマスカードを用意させていただきました。よろしければお受け取りください。サイト上部のメニューからか、http://mex-co.cside5.com/xmas_2005/index.html にて直接どうぞ。***************************オフラインでも、同じ絵柄で友人知人に送付したので、そのうち届くかと思いつつ。題材ですが、あえてオマル・ハイヤームの「ルバイヤート」から取らせて頂きました。私なりに考えての事ですが、あえて理由を述べることでお眼汚しは致しますまい。皆様によいクリスマスを。 〜クラナド[Magical Ring]とオリガ[Crystal Winter]を聴きつつ。 おまけ。クリスマスゆかりのサイト。http://www.noradsanta.org/index.php ただひたすらサンタの居場所を追うプロジェクト。というかそれをNORAD(中央防衛軍基知)でやっているあたり。http://toyvault.com/cthulhu/plush_cthulhu.html Santa Cthulhu ・・・ふーん。http://www.khaosworks.org/filk/cthulhuxmas.html Cthulhu のクリスマスソング Tweet Share △
風邪が少しずつ治ってきたところで、見たかったDVDを見たり、「功名が辻」や「けものみち」「出雲の阿国」に大喜びしたり。調子が悪いと、見ていても十分に見ている気がしないので、調子が良くなるまで待ってから見ていたのでえらく時間がかかりました。一度に見たらまた疲れますしね。「一角獣・多角獣」(スタージョン著)を読んでユニコーン(一角獣)でなにか描きたくなり、こんなん出ましたけど〜という感じで。美しいイメージの一角獣をおじさんにするのは反則でしょうか。アムドゥシアスとして一角獣を描くなら、公爵だし威厳があったほうがいいとか言い訳しつつ、当方が一角獣を描くとこんな感じですよということで。「一角獣・多角獣」ですが、けっこう長い事読んでみたかったのですが、最近まで全然再版されなかった短編集です。そのうち、一角獣を冠したのは「一角獣の泉」(しかも原題は違います)という一編で、イメージをそそられる美しい作品ですが、個人的に「死ね、名演奏家、死ね!」というのがひどくっていいですね。本当にひどい話だけど。「考え方」もなまじのホラーより怖い。スタージョンというと「人間以上」が始めて読んだ作品でしたが、最近色々出てるので、特に短編ファンの人にはほくほくものでしょうね。
ものを見るときに、別の角度でみるのは結構大事な事だと思っています。といっても、そうすることで確実に自身から失われるものがあると思う人には、それを強制したいとはおもいませんが。例えば、多くの人がクリスマスがキリストの誕生を祝う祭りだと考えたり、小野小町は化野(あだしの)で野垂れ死にと聞き、それは諸行無常と感じるに違和感がない。が、「何故そのときなのか」「なぜそういった経過を辿ったことをあえてかたるのか」を考え始めれば、そこに作為を読み解くことが可能になる。クリスマスは実際には太陽神崇拝などキリスト教以前の宗教に由来するものであり、それをキリストの誕生日とすることで異教徒を取り込もうとした経過としてみる事が出来る。小野小町が「化野で野垂れ死に」とされなければならないのは、仏教説話として小町の逸話が取り込まれたためであり、実際の小野小町の人生を少しでも知りたいなら、そこから一歩出なければならない。しかし、所詮逸話だ、というならそれまでの話しですし、まさかそんなことにこだわるなんて、という人がほとんどのなか、もしその考え方をあえてとる人物がいたならば?「考え方」というのはそういうポイントをついた話。「まさかこんな考えをする人がいるはずがない」と考える事こそが、実際には異常な考えであるということに、ほとんどの人は気がつく事はないのだとおもいますね。実際、気がつく事で苦痛を伴うケースも少なくないでしょうから、意図的にそうしたいと思う時も出てくるのではないかしら。
あ、ネコ好きには「ふわふわちゃん」がおすすめです。あまりにも性悪ネコな話で、悲鳴をあげつつも笑っちゃうというか。あと「孤独の円盤」は特に美しい話です。